トラペジウムの話

まだ見てない奴!特に「プリティーリズム」に想いのある奴!

 

こんなもん読むな!!早く劇場に行け!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行った?もう見た人しかいない?

 

いない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや~~~~~~~

大満足!

10年以上乾いていた心に雨が降ったような「見たいもの」が見れた映画だった!

 

輝きたい女

主人公にして我らの主人公、「東ゆう」!

そもそも私は東の性格を批判した長文ツイートにより、トラペジウムを見に行った人間だ。

そのツイートを読んだ私は「明らかに面白そうな女がいるぞ…?」となり次の日には映画館に行っていた。

そして実際に見た東ゆうは、とても魅力的な「アイドル」だった。

 

アイドルに魅せられ、ただひたむきに努力をして何度負けようと夢を叶えるために立ち上がる。

 

うん、やっぱりアイドルだ。

惜しむらくはこの女、出るアニメを間違えてしまったことだ。

周りが同じ熱量の志を持ってはいない。

世界そのものがアイドルを特別視していない。

我々の住む世界とそう変わらない「普通の世界」に爆誕してしまったアイドルアニメの主人公、それが東ゆうなのだ。

 

「この映画はアイドルアニメではなく青春映画だ」

という感想を目にすることがあるが私の見解はちがう。

普通の世界に放り込まれ、普通とは何かで殴られ、そして人間的に成長をした。

 

しかし彼女は普通ではいられなかった!

確かに彼女の言動は唾棄されるべきものだ。

しかし、彼女の憧れや衝動を誰が否定できようか!彼女に宿った輝き、煌めきを誰が奪うことができようか!

 

そしてこの映画はそんな東の価値観までは否定しなかった。

映画の終わりを死だとするなら「東はアイドルとして生き、アイドルとして死んだ。」

なんというアイドル賛歌!これがアイドルアニメでなければ何をアイドルアニメとするのか私には分からない。

 

萌え袖の女

可愛い。東劇場の一番の被害者。

 

縦ロールの女

この人がいなかったら多分最後の謝罪すら出来てないから東はちゃんと感謝しろよ?

 

善を成す女

全体的にアニメっぽい登場人物の中で唯一に近い「女」

悪口言いたいけど言ったこと全てが女性差別ととられそうで怖い。

 

 

いや~~~ホントに見たいもんいっぱい見れたし例のツイートしてくれた人には感謝しかない!これは皮肉ではなく心からの言葉だ!受け取っとけ!ありがとう!!!!

 

 

 

PS

エンディングテーマ「方位自身」作詞は原作者の高山一実さんらしいんですが…

 

「存在価値探し 遠回りしたよ坂道も」

 

ってあんた…大丈夫なのかそんな歌詞…

レッドホットブラックレモン オクラ和え

はぁい!ジェニーよ!

今日はイグアナの素揚げを作っていくわ!

 

材料

・米 4L

・タニシ 3個

 

 

1.2と3を混ぜ合わせます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5/9

3月21日以来久しぶりの劇場版ポールプリンセス鑑賞をした。

実に一ヵ月と半月ぶり、もちろん楽しみにしていた。同時に自分がどんな反応するかも楽しみだった。

 

 

結果から言おう。

ほとんど感動が無かった。

せいぜい御子白ユカリに怒りを覚えたぐらいでドラマパートに感じたのは初見時の退屈な眠気だった。

そして初見時だけでなく以後のべ20回の視聴で毎回熱くなっていたダンスパートにも全くの感動が無くなっていた。せいぜいCG綺麗だなぐらい。

 

もはや私の中にポールプリンセスへの情熱は鎮火していた。

視聴中考えていたことは(何故これを20回も見たのか)という事だった。

その金で何ができたか、と言うよりは見たこと自体への疑問が強く、おそらく満足はしていたのだろうが今となってはその満足すら疑問だった。

 

その後の舞台挨拶、自意識過剰でなければ何かを見た上でのKAORI先生の発言に流石に俺嫌精神を保てるわけもなく声を出すことも、素直に展開に喜ぶことも出来ず終了。

 

その後の21時20分の回もチケットを取っていた。

もう正直観たくないしなんだか眠いし帰りたかった。でも初見を呼んでいたので1人だけ帰る訳にもいかず結局視聴。しかもいい位置で。

 

虚無。

自分と初見、何よりファンと作品に申し訳なくなるもわざわざ来てくれた人にそんな顔見せれる訳もなくありきたりな感想を求める気持ち悪いオタクのロールをして、別れた。

 

帰り道はいつもそう近くない距離を歩くのだが、それっぽいフォロワー向けの盛り上がってる風ツイートをして泣きながら帰った。

 

言い訳をするのは簡単で、キンプリやプリティーシリーズの復活で心に空いた穴が塞がった。最近鬱気味になっていたので乗り切れなかった。単純に見すぎて飽きた。等だ。

 

しかしどれも言い訳に過ぎない事は分かっていた。

私はただただ盛り上がってる作品のオタクサークルに憧れて、仲間になりたくて見ていたにすぎなかったのだろう。

 

思えば私は映画を見る以外のファン活動をほとんどしていない。オンラインくじは買ってないし劇場で販売されていたグッズは缶バッジを2つ、御子白ユカリのアクスタ、揺らキー、エルダンジュのアクリルマドラー、パンフにペンラ1本しか買ってない。CDも劇場版のアルバムだけだしポップアップストアも御子白ユカリのアクスタとプレマしか買ってない。もちろん同人誌なんて出てないしTRANSFORMには2回しか行ってなければリアルのポールダンスショーには1回も行ってない。

これでもファンを名乗るというのはおこがましい話だ

 

ここまで読む人間はいないだろうが読んでくれた人間だけは伝えておく。

私はこれからもポールプリンセスのファンのようなムーヴをし続けるだろう。

それはこんな気持ちで作品を消費してしまったことへの贖罪や少なからず交流のようなものを体験させてくれた感謝から来る。

 

それすらも言い訳かもしれない。

繋がってるようで繋がってない関係性を壊すかもしれない忌避感のようにも感じる。

 

以上、私はポールプリンセスのファンを装いそのファンとの交流を図る「ファッションオタク」になった。

痛寒々しい空虚な人間を見ていたいのであればフォローを続けてください。よろしくお願いします。

劇ポRe合同「Caansgseél」「Cbaisrsdé」既読者向け挨拶

俺の自慰に付き合ってくれてありがとう

 

おはようございます、オーガニックです。この度は「合同誌RE: 劇場版ポールプリンセス!! あらためてThanks Book」に寄稿させていただいた拙作「Caansgseél」「Cbaisrsdé」を読んでいただき本当にありがとうございました。

 

これを読んでどう思われたでしょうか?

そうですね。

安心してください、これはポールプリンセスではございません(公認)

 

皆さんの愛があふれた合同誌にあんなものが載っているのは我ながら恐怖を感じますし、自分が純粋な読者の立場ならレビューに星4を付けながら「全く関係のないヘンな文が載っていました。乱丁でしょうか?一つ減点させていただきます…」とコメントすることでしょう。

自覚がある分しょうがないですね。

 

このSSを書くことになった経緯を説明させていただきます。

1/15に新宿バルト9にて御子白ユカリの誕生日応援上映があったのは皆さん覚えてますでしょうか?最高の愛に満ちた応援上映で多幸に包まれたのを今でも覚えています。

 

あの上映からまもなく私の身にあることが起きはじめました。

何をするのにも御子白ユカリの声が耳から離れなくなってしまったのです。

ご飯を食べるときも、仕事しているときも、寝ているときも。文字通り四六時中御子白のことしか考えられなくなっていました。

この症状はいつ回復するのだろう?まともな生活はいつ帰って来るのだろうと?と考える中で私が思いついたのは文を書くことでした。

私は気持ちを整理するために文を書いたりしてました。今回もその延長線上にあった行為に過ぎませんでした。

 

しかしここで何を思ったか、私は「御子白ユカリとの夢小説を書こう!」と思い立ちました。

ここが最大の過ちです。

早速自分を主人公にプロットを練ります。ポルプリの世界には女性しか存在しないので当然性別は女性として考えます。考えました。はい。

 

女性として出力された俺キモくね…?

 

こう感じてしまったが最後、どうあっても気持ち悪さが拭えません。

ですがここで辞めてしまっては自分を縛る鎖は一生取れず、みじめにも御子白の幻覚を追い続けるタイプの弱者男性になってしまいます(弱者男性ではある)

どうしようと考えた結果、「そういえば御子白に並々ならぬ感情を持っていて何も描かれてないキャラがいたな」と思い出します。何回も見ていてよかったですね。

 

そのキャラこそが「Cbaisrsdé」の主役の「去年準優勝だったチームの大泣きしていたリーダーの子」でした。

 

そうして彼女の現状から考え始め、最後はもう一度ポールを掴む話になってほしいなと思い書き始めました。

合同Reがあると知ったのはこのころでした。

どなたかのツイートに書いてあった「誰でもOK!幻覚OK!お前の妄想をぶつけてこい!」という甘言に惑わされ寄稿の申込みをしました。

 

そして時間は経ち、書きあがったものを主催に提出しました。

書いてる時点で「これが…ポールプリンセス..?」となっていましたし、書きあがってからも「ポールプリンセス…?」となっていたので、ボツ前提での提出でした。

 

主催「中身確認しました!問題なさそうです」

 

一発OK

DM上では平然としていたものの内心は「こいつ…マジか…」と思っていました。

 

その後の私は「去年準優勝だったチームの大泣きしていたリーダーの子」の方が気になってしまい御子白に怒りを向けたり「Cbaisrsdé」を補完するためのSS二本目「Caansgseél」の提出、さらなる補完のSS三本目「Cpaoslseé」#小説 Cpaoslseé - kakesoba322の小説 - pixiv

を書くなどかなり入れ込んでしまった話はまた気が向けば書きたいと思います。

 

 

このSSは経緯から内容まで言えるものではありません。そんなSSが合同に載ったのは誰でもなくGoサインを出した諸悪の根源、主催なのです。

そんな主催に最後に一言、言わせてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなものを載せて頂き、本当にありがとうございました!!!!!(レギュレーション違反)

一日一歩三日で和三盆

2023年11月ポールプリンセスというアニメ映画を見た。

タツノコの新作ということで膨れる期待を隠せずに劇場へと向かう。

本日の同行者は2人。どっちも同僚だ。

 

そんな書き出しで日記を考えていたがあまりにも長くなりすぎるので初見の感想だけ残しておく。

序盤から中盤までのドラマパートは結構きつかった。知らない他人の話は美少女だとしても耐えられないのだ。

しかしライブパートに入ってからは一転、実に11年もの間3DCGを作り続けてきたタツノコのそれは年々進化を繰り返し、常に最高を更新し続けている。

 

女が女の中をすり抜ける動作中に一切めり込まない衣服たち

長物の動きまで優雅な和服の女

激しいダンスにもついてこれるマント兼旗

 

前半のショーだけでもありえないほど技術とポールダンスの凄さを見せつけられた。

前半はライバルグループ、後半は主人公グループのショーとなる。

前半であれだけすごいものを見せつけてきたなか、これを越えるものを出されるのだろうか、と不安になる。

しかしそこは天下のタツノコだった。

今回は技術よりも今まで培ってきた演出や文脈で「どうせ見に来ているプリティーのオタク」を殴りに来たのだ。

 

フラッシュグローブを誰よりも力強く

異世界を作り上げる創造力

ポールを握り続けるという心中宣言、そして羽。

 

どれもが見たことがある。それなのに実に新鮮に、彼女たちの物として脳内に叩きつけられる。

こんなに上手く減価償却ができるものだろうか?

郷愁と次世代という相反する思想が心をえぐり席から立てなくなったのは言うまでもない。

 

 

そんなこんなで上映の続いている劇場版ポールプリンセス!!に今も通い続けている。

最初苦痛だったドラマパートも見ていくほどに味がしみだしてくる最高のパートになってきたし実際にポールダンス体験にも行ってみたり実に幅が広がる体験をしている。

この作品がこんな所で終わっていいはずがないと思っていたところ3/14にアンコール上映をするらしい。しかも全国13館でだ。

 

全国13館、奇しくもキンプリの初期放映館数と同じだ。

勿論こんなものは偶然に過ぎない。しかし幾度となくキンプリの奇跡を観てきた私にはただの偶然には思えないのだ。

プリズムのかがやき、きらめきは乱反射して至る所に光を届けている。

 

 

そしてこれからも

 

 

 

ありがとう、見ているね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PS(プリズムストーン)

劇場版最後に映し出される星座はカシオペアというらしい

ネットにはカシオペア北極星を探す目印の星と記載されていた。

そしてもう一つ、カシオペアから北極星を挟んだ向かい側には、同じく北極星の目印となる北斗七星があるらしい。

 

ポールスターをはさんで向かい合う14の輝く星々。

タツノコ、エイべの意思表示の様な、気がした。

キャラにはこちらを見ないで欲しい

主人公(=プレイヤー自身)が何かしらの役職に着くソシャゲは今や珍しいものではなくランキング上位もそんなようなゲームで溢れている。

 

私はそんなゲームが嫌いだ。

何かしらの役職名で呼ばせるのがそのキャラの自由意志を奪っているようで息苦しさを感じてしまうからだ。

 

なおかつキャラのセリフに恋愛感情を匂わせるようなものがあれば最悪。

そういうソシャゲの場合、多種多様なキャラがいてそのほとんどがこちらに対しての色恋的な欲を向けてくる。

あれだけキャラがいながら、みんな違う性格を持った違う人格を持ったキャラなのにだ。

 

とても気持ちわるい。

設定としてこの世には主人公しか男が居ないならそれも許されると思う。ただもちろんそんな設定がある作品はほとんど無いし、それだけの感情を向けられる説得力もまるでない場合が多い。

 

ただ、世間的にはそれらのゲームがウケている事は事実なのでそれらの話題が出る度に私は口を閉ざすしかなくなる。

 

この感情を共有できる人はいるだろうか。

キャラがこちらの方を向いて性欲を出してくる事の気持ち悪さ。

キャラの人格が操作されてるような不憫に思えてくる感情。

そしてそれを喜ぶプレイヤーが大半を占めている事。

 

私は今ブルーアーカイブというゲームをやっている。

ゲーム中でガチャ石を得る方法はそれなりにあるが、その中にキャラのストーリーを読むことで石を得るという方法がある。

基本的にはストーリーは飛ばしているのだが、プロローグやエピローグにあたるテキストは否が応でも読まされてしまう。

その大体が先生(=主人公)を遊びに誘う内容だったり助けを求める内容なのだが、エピローグではたまに、明らかな恋愛感情がまろび出てるような文が書かれる。

 

その度に自分の中のドス黒いなにか嫌なものが膨れ上がるのを感じるのだ。

 

 

と、ここまで書いてきたのには、それに囚われないキャラをブルーアーカイブ内で見つけたからだ。

 

 

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ヒヨリ~~~観てるか~~~~~~~~~??????

 

 

 

 

ヒヨリは良い。

(なぜかは知らないが)主人公と敵対してるっぽくて、主人公が憐れみから優しくしても心の底から信用はせずそれを利用しようとする心意気すら感じる。

ゲームの中に生きるキャラとして自立して、どのキャラよりも人として見ることが出来るのだ。

 

ヒヨリにも運営の手によって変態衣装を着させられる時が来るだろう。

しかしヒヨリはプレイヤーに媚びること無く自分の道を進むことが出来る。それが出来る子だと信じている。

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彼女まで変わってしまった時、本当にこのゲームはどうしようもないものになる。

 

彼女こそがこのゲームに「」を与えているキャラなのだ。

怪文書を尋ねて

空に太陽がある限り眠りは訪れない。

人間の脳は太陽並の明るさを目で感じるとスイッチを入れるらしいからだ。

 

人は寒さによる極限状態では全ての感覚が麻痺して暑さすら覚えるらしい。

 

今日もいい天気だ。しかしそれを感じるのは視覚のみだ。

 

視覚ですらない。

 

窓から射す陽を確認して今日が晴れだと認識した。

 

これは視覚か?記憶か?

 

クーラーは通常に作動している。

 

窓の外にとんでもない光源がないとも限らない。

 

スマホの時計表示は09時05分となっている。

 

これも怪しい。

 

悪意の有無に関わらずそれぐらい誰にでも出来そうだ。

 

悪意という概念すら無いかもしれない。

 

外敵というのは野生を失っても外敵だ。

 

外の気温を想像すると死にたくなってきた。

 

でもこれは死にたい気持ちなんかではない。

 

死は理性を超越してまで選ぶかけがえのないものだ。

 

それを生きたいと願う人間が口にするのはおこがましい。

 

早く死ね。

 

死ね。

 

死ね。

 

死ね。

 

死ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠れぬ朝になってしまった。

 

僕は布団をかぶりスマホを開く。

 

怪文書というのは難しい。

 

ある一定の文章力を持った人間が生み出せる世界だ。

 

私に世界を構築するのは不可能だった。

 

だからせめて俺だけの睡眠が欲しい。

 

その願いが聞き入れられた時、初めて自分は思うだろう。

 

そんな事しか叶えられない神など死ね。

「読み応え」に対する考察

日頃から散文を投稿するのは己の整理が目的だ。

その時に感じたことを更正することも無くただ垂れ流している。その証拠に公正という読みは分かっていても漢字が分からないものを調べる気もなく「間違えてるだろうな」という考えの元、こんな言い訳までして事実として垂れ流している。

 

そんな文に読み応えなどがあるわけが無い。ここに書かれるのは妄想と相違無くそれに感性を刺激されるようならあなたの創作感はひねくれています。

 

では「読み応え」とはなんなのか。

今回の結論は「愛」だと考える。

今日文章を書きたくなった理由はとある自叙伝?エッセイ?のAmazonレビューを見たからだ。

 

私はその作品の筆者の事を全くと言っていいほど知らない。テレビ等では紹介されているらしいのだが、恥ずかしながら俺は自分の部屋にテレビを置いていないし契約すらしていない。

いわゆるインフルエンサーらしいのだが、ネットの中ですら引きこもりのような私にはリアルネット両面で無縁の人物だ。

 

その人が己の半生を書いた本を出したらしい。(その人が実在するかも確認はしてないので断言は控える)

俺にとって全くと言っていいほど興味が無く関わりもないのだがそのレビューの中にとんでもない長文が投稿されたらしいのだ。

 

大概こういうものはとんでもないアンチか信者かだ。長年無駄に祭や炎上を対岸から見ていたわけではない。

 

しかしそれだけではカゲロウで鍛えられた私のレビュー腹筋もレビューセンサーも反応はしない。どうやら今回のハイパークソ長レビューはひと味違うらしい。

 

どうせ眠れない休み明けの布団タイムだ。俺はAmazonを開く。そしてあらかじめコピーペーストしていた本のタイトルを検索にかける。

 

 

全くの余談だが、私は自分が知らないものや嫌悪しているものを口にしたり手に取るのが耐えられない人間だ。そうして長年ネットで時間を潰して人生の擦り合わせをしているとその悪癖はネットでの立ち振る舞いにも現れてきた。今から私にとっておぞましい行為をしようと思う。「ゴキブリ」「パパ」「ママ」「ピーマンの肉詰め」

恐ろしく不快な気持ちになった。どうしてもそういうものを文に使ったり検索をかけなくては行けない時にはコピーペーストを有難くつかわせていただいている。

 

 

そしてそのページのレビューから特段評価されてるものを開く。

その瞬間に俺のスマホが文字で埋め尽くされる。スクロールバーを確認するがその動きは亀を想起させる。

これは噂に違わぬとんでもないものだという不安と興奮が俺をレビューという文字の世界にダイブさせる。

 

文を読むのは慣れていない。慣れていれば「高卒」から「高卒!」ぐらい言いきれるような学校に入学できたと思う。

約45分の読書を終えた俺には、そのレビュアーの筆者に対する愛がとめどなく出ているように感じた。

 

おそらくアンチならもう少し簡潔に問題点を述べバッサリとかっこよく(見えるように)書ききっていただろう。

おそらく信者ならもっと作品の内容を隠して筆者の事をレビューしていただろう。

 

しかしこのレビューにはその両方が一切無く、忌憚なく言うなら問題点をダラダラと、念押しするように何回も、別の項目にわけてまで書いている。

 

まるで肉親の説教のように。

 

俺は親が嫌いだ。恨んでいるとまで言ってもいいかもしれない。そんな俺がその説教じみたレビューに愛と親をみたのだ。

 

そうしているうちに時間を感じさせることなく文章は終わっていた。

 

これが読み応えのある文というやつなのだろう。

 

そうして俺は「読み応え=愛」なのだろうと感じたのだ。

 

正直そのレビューは誤字?というより感情がどう出てるか分かりづらかったので読みにくい部分はあった。それでも集中して最後まで読み切れたのでやはりすごい文なのだろう。

 

 

 

 

ここで私の考察を終了とさせていただく。

私は年齢だけの大人だ。

愛というものについて考えさせる作品が大好きなのを自覚しているがそれは愛を知らないからだ。

愛を描く作品ではなく愛という抽象を定義付けてくれる作品が好きなのだ。

そしてそういう作品は愛を描く作品と比べて実態がヴェールに隠されているためパッケージや表紙からは分からない。

だからたまたま手に取ったタイトルがそういったものだと運命すら感じてしまう。

そして今回手に取ったものはAmazonレビューだった。

 

世界に作品はそれこそ無限にある。

SNS時代になった現代では比喩ではなく現実として無限が体感出来る。

その中で私が出会った今回の作品に感謝を送りたいと思う。